ピカソに学ぶ多作であることと数によるマーケットの構成。

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底辺の独り言#9 決意表明…

今年は必ずリリースをかけるという大きな目標がある。お前ほんまに活動してんのかと言われそうだけど、リリースはかれこれやってない。今年リリースすると5年ぶりくらいになるかもしれない。とはいえ、初めて僕の音楽を聴く人にとっては1枚目も2枚目ももはや関係ないとおもう。

5年前にリリースした音源は配信をやめちゃったので、次のリリースがほぼ1枚目と言っても過言ではない。はてさてどうしようか。

リリースっていうのに何の意味があんのか?

なんてことを思った時期もあって。

CD作ってー売ってーみたいなこともやってたけど、一向に売れなくてこれ意味あんのかと思ったこともあった。その時に

広告や営業は偉大と気づいた。  

今回は売る。やり方わかってきたし。

プレスは出さないけどSpotify Apple musicで1stアルバムとして出す。

決意表明。

焦るんだよね。この年になると。

この世の中に自分という名前の付く作品を

この世界に残せてない自分に。

作品で金を稼げてない自分に。ヒットを生み出せてない自分に。

だって表現して食べて行くってそういうことでしょ?ブログであれ、YouTubeであれ。

絵であれ。

名前が残ってない。ゴッホみたいに死んでから売れたって仕方ない。そう言った意味では音楽はわかりやすい。売れなきゃ残らないから。売るよ自分で。他の人よりそこらへんはたけてる。

作っては捨てて作っては捨ててを繰り返してるけど、最高の作品なんてわからない。だってチャップリンだって次の作品が最高の作品だって言ってるくらいだから。

何が引っかかるかわからないんだから

ひたすら作っては世に問うてつくっては世に問うてを繰り返すもののみが勝てるのかもしれない。

ゴミを出してはいけないけど、及第点のものでも物量作戦で出すっていうのもありだ。

こんな記事がある。

アーティストは多作であるべきか | アート情報

多作であるとマーケットを形成できる。

そしてマーケットを作ることで自分の作品価値が自ずと上がる。

つまり、こと音楽においても同じことなのかもしれない。

レーベルなんかいい例で、ピザオブデスをたとえにだせば、元々彼らはハイスタのためにレーベルを作ったんだと思うが、結果的に同じようなアーティストを集めて、一つのジャンルを形成している。レーベルから見れば多作なのだ。

個人である僕たちは、作品ができるたびに発表しないといけない。時間を使い毎日曲を書きミックスをしてリリース。

ピカソは14万7000てんもの作品があるわけだけど、僕も数で凌駕していかないといけないのかもしれない。僕に残された道は多く作る。発表する。

ゴミはゴミへだ。

イメージをそのままアウトプットするのはかなり難しい。それならばそこを鍛えるためにもアウトプットを多くした方がコツが掴めるのかもしれない。

YouTubeもブログも音楽も絵も数の時代なのかもしれない。

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