出来立てのご飯は心の支え。緊急事態宣言を生きる#1

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底辺の独り言#19 やよい軒の生姜焼き定食と優しい唐揚げ定食を出すカフェ。画像はやよい軒の生姜焼き定食680円

阪神お抱えの新聞社であるデイリースポーツが、ネタ切れを起こして一面に阪神タイガースのクロスワードパズルを持ってきたらしい。ワールドカップで日本代表が勝利を飾った日ですら「下柳結婚」と独自路線を貫くデイリースポーツですらネタ枯れを起こしている。なるほど緊急事態だ。

引きこもりで生活することに慣れてはいるけど、こうも街が静かだとなんか変な感じ。

それだけ僕たちは生活ノイズの中に生きているってことなんだなと改めて思う。

生活の糧になっているアルバイトは、情報を扱う為こんな中でも出勤しないといけない。

電車に乗って、他府県から大阪有数のオフィス街を行き来するわけだが、人が消えた?街から人が消えたのか?それくらい人がいない。人がいないということは、費用対効果が合わないからもちろん店は閉める。法的拘束力がない宣言1つでこんなにも効力があるのかと思うと、日本人って不思議な人種だなぁと思い今日も生活の糧を稼ぎに出勤。

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緊急事態宣言でも仕事があるのはありがたい。

午前9時ごろに大阪に着いたわけだけど軒並み店は閉まってるし、車も少ない。スーツの人もほぼいない。押し合いへし合いの改札口もスムーズに通れたし、なんといっても座れた。心なしか電車もゆっくり動いてる気がしたけど、定刻着。

もし、生まれて初めて大阪に来る人がこのタイミングでやってきたらびっくりするだろう。日本有数の都会に人がいないわけだから。

駅に着いても静かだ。大きな動画広告のディスプレイだけが静かな街にこだましてて、ディスプレイだけが「ここは都会だよ!」と僕に訴えてる気がした。そう。ここは都会だ。

時間感覚も変になりそうだった。電車に人は少なく、朝の光が茶屋町の道路にスカッとさして、空気が澄んでいて鳥の声がぴよぴよ聞こえて、場所によっては生ゴミ臭い。僕は「東京から深夜バスで午前6時に帰ってきた」と錯覚してしまった。でも今は朝の9時。ここの始発は午前6時だ。

電車を乗り換えるためにトコトコと歩く。人混みはそんなにないけど、気づくのはみんなマスクどこで仕入れてるの?ってこと。もちろん限界まで使ってるんだろうけど、マスクをつけてる人がたくさんいて、マスク不足って本当かなーと思ってしまう。

この時代の自粛で良かったとも思う。

テレビもあれば、ゲームもあるし、本もあれば漫画もある。映画も観れるしアニメだって観れる。

エンタメがたくさんある時代に外出自粛でよかったなぁと思う。大正時代や明治時代なら退屈すぎて死んでしまうだろう。それくらいエンタメが溢れている。仕事も早く帰らされるので

あの時見てなかったあの映画を見るんだ!とかあの漫画とあの小説読んでねぇから読むぞー。とか思ってるんだけど、

いかんせん忘れるよね。こういうときに一気見するぞ!って人はその当時に、おそらく見逃したことですごく苦い思いをしてた、感受性が豊かな人なんだと思う。僕もいくつかあって、友達の中で進撃の巨人が流行ったときにブームに乗り切れなかったことがあって苦い思いをした経験があるんだけど、その時の思いが今年のお正月のブックオフで爆発して半額セールをいいことに進撃の巨人のコミックスをマイケルジャクソンばりに棚買いをしたんです。そう、まだ読んでないんだけどね。

あ、でも、読んでない本をブログに書くのもいいかメモみたいになるし….

アニメも見たいのがたくさんあるんだよ。映画も。あ。メモっていこうそうしよう。そういえばゲームもやりたいのがまだあるんだった。

ここ最近、外出自粛のおかげで飲みにいくこともなく。お金も使うことがなくなってきて、もっぱら使うのが食料か本かCDという感じになっていたんだけど、そのCDもあまり買わなくなってきたし、本も読みきれてないのがたくさんあって物欲があまりない。完全にゲダツした徳の高い坊さんみたいになってきた。笑えない。

元来酒もそんな飲まないし、今はおかし毎日食べるのやめてみようキャンペーン中なのでおかし代もかからない。

何かを悟りそうだ。

そんなゲダツしたおおぎしだけど、喜怒哀楽が完全になくなったわけではなくて、楽しみもある。いや、あった。

それはバイト先のランチタイムに「やよい軒で生姜焼き定食を必ずあつあつのごはんをお代わりしてたべる」「カフェで優しい味のする唐揚げ定食をごはんお代わりしてたべる」「周辺で美味しいランチを見つける」という、噂の東京マガジンのキラキラOL特集みたいなことを1人でしてて、もう、おおぎし寂しすぎて死ぬんじゃねぇか?いよいよヤベェなって思う人もいるでしょうが、そういう人はこちらからyoutubeチャンネル登録してください。してくれたら孤独死しなくてすみそうです。

その中でも、特にやよい軒のおかわりどころが最近の楽しみで、これどこで売ってるんだよ!っていうくらいでかい銀色の炊飯器にキラキラと光るごはんと湯気を顔に浴びながら、「これくらいかな~。いや、お漬物ももうないから今日は少なめに」なんて、思いながらしゃもじでごはんをよそっているその瞬間が楽しかったんだけど、ところがある日突然

「感染リスク防止のためおかわり所が中止になりました。お代わりは定員にお伝えください」とか言われちゃってもうガッカリした。おいおいうそだろと。なぜ時代は僕の楽しみにしている瞬間をこうも奪っていくのかと。つらい。でもね、さすがやよい軒。定員さんもちゃんとしてくれるんですよ。量も聞いてくれるんですよ「どれくらい入れますか?」って「普通で」っていうなんとも言い難い意味を持つ言葉が通じるしね。

そしたら、この体型ですから、お腹ぽっこり出てますから、普通がですね、いわゆる大盛りでくるわけですよ。そのごはんの量を見て相席してたOLさんも目をまんまると見開いて「うそでしょっ」って顔をしてるわけ。それくらいの量。僕も目が点になりましたけど、

僕の普通とあなたの普通は違う。普通ってむずかしいね。って思っていただきますしました。残さず食べました。普通って難しいね。

ご飯のおかわりって一刻を争う

ご飯のおかわりって僕は一刻を争うものだと思うんですね。手を上げて定員を待つならまだしも、注文して出てくるのが遅いなんて許されないわけです。席についた瞬間に水が出てくるくらいのスピードで持ってきてほしい。だってさ、ご飯のおかわりっておそらくお腹いっぱいであろう胃袋を脳という機能を使って騙すわけです。胃袋が満杯になってるところをその伝達が届く前に過去の記憶から『まだいける。もう少し食べたいなぁ』と

脳が判断するわけです。それまでにご飯のおかわりが到着して、残った生姜焼きのソースに浸ったキャベツとお漬物を口に入れないと胃袋からの指令が到達するわけです。

「もう食べなくていいよー」って。

だから早く持ってこいと。お腹膨れるだろうがと。遅いと。だから、おかわりどころが大事なんです。自分のタイミングで行けるし量も調節できる。事故がおこんないわけです。家じゃねえんだと。お店は広いと。厨房との僕とのその距離。胃袋からの伝達のほうが早いだろうがと。少し少なめで走ってこいとそれくらい思うんです。だからおかわりどころが大事なんです。

優しい唐揚げ定食のお店はおかわりどころがないんですけど、店がちっさいからすぐ出てくるんです。なんなら「お味噌汁もおかわりできますよ」って聞いてくれる。それはいいんですが、お代わりを普通で注文したら大盛りできました。やよい軒もカフェも優しさライセンスが僕の贅肉にたまって辛い。

そんな中、勤務時間が劇的に短縮されてお昼休みが30分になった。おおぎし声を上げました「俺の唐揚げ定食どうすんだよ~。俺の生姜焼き定食~。食べにいけねぇじゃねぇかこのやろうぅ」東京の本社まで届きません。30分でやよい軒に行って帰ってくる。優しい唐揚げ定食を食べて帰ってくる。そんなのできません。だってレンチンじゃなくてちゃんと作ってくれてるはずですから。程よい時間待たされるんですよ。「あぁ、絶対厨房で作ってるなぁぁぁ。人件費かけてるナァァ」って。だってタマネギちょっと焦げてるときあるんですよ。やよい軒の生姜焼き定食。でもいいんです。人間臭さがあって。美味しいから。クレームじゃないんです。レンチンなら焦げ目なんてできないから。出来立てってこういうことなんです。だから、晩御飯にしばらく食べれなくなったやよい軒の生姜焼き定食を再現しようと奮闘してますが、焦がしました。ワンルームの僕の部屋が臭いです。

まとめ

醤油と砂糖とみりんを混ぜるとこげやすい

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